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The Water is Wideについての妄想考察(CoD:MW風味) [雑記・メモ]

ツイッター上で悶々と考えながら妄想したもののログ。


「この海は広すぎて 私には渡れない 大空を舞う 翼も無い どうか 二人が乗れる 小舟をください 私は行きます 愛とともに」 ソープのイメージが海である私にはすごく共感出来る歌詞なんだよなあ。

個人的に妄想解釈すると、「海が広すぎて渡れ無い」のに、最終的には「小舟を手に入れ」二人で漕いで行くというストーリーである。つまり、「海が渡れない」とは入水、「空を舞うための羽もない」とは昇天を指しているのではないだろうか。そしてその先にあるのは、死別した人たち、過去の愛との邂逅。

つまり、この歌の主人公は死ぬに死ねない、自分の大切な人たちに、いっそ死んで会いに行くことも出来ない、だから「二人で」漕いでいける小舟を必要としているのだ。普通に歌詞を見ると「ああカップルの悲恋の果ての駆け落ちか」とも思えるが、「my love and I」の部分で少し考える。

マイラブのところをあえて恋人と訳さないで解釈していくと、先述のストーリーから、それは死と死者への愛である。そしてそれを伴って舟を漕いで行く「私」=生。主人公は、生きて行く(海を舟で渡る)ことを最終的に決意している。

しかし歌の「私」は二連目で愛の儚さを語り、三連目で漕いで行く小舟が海に沈んでしまうかもしれないと危惧している。それは小舟に積んだと見える「荷物(後悔?罪悪感?)」のせいなのか、それとも海の深さにも劣らないという「私の愛」の重みなのか。

そんな「海」を渡り切れるか、(舟が沈んだとして)泳いでいけるのか、「私にはわからない」と語る。そして歌は最初の場面にループする。まあ、これは音楽的な終止形もあるから主題Aに戻って来たんだろうけど。

結局、「私」がどうしたのか、どうなったのかは分からない。「私」はただただ、生と死の狭間でこうして歌の内容のとおり悩み、そして望んでいるのだろうなと思う。以上略式ですがThe Water is Wideのソープ的解釈でした。ちゃんちゃん。昔のラブソングって甘味料に死を使う傾向が高い

夕方の浜辺でそっと呟くように「悲しみの水辺」をアカペラで歌うソープさんの背中を遠くから見つめながら「おい泣くなバカ、バレんだろ!!!!(小声)」「だ、だってぇ、先輩ぃぃ……(鼻声)」などと盗み見している副官と新人の姿が眼に浮かぶ。


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